さて、前回は吉原宿まで来ました。
吉原宿は今も商店街として残っています。また、富士市も保存しようとしているようです。静岡県は東海道に優しいです。
まだ朝10時。次行きましょう。
全体の4分の1は来たようです。

次は蒲原宿。南アルプスが海に落ち込む地域に来ました。しばらく真っ平でしたが、次は起伏が現れます。
吉原宿〜蒲原宿
11km 10:31〜12:27 1時間56分。実走行時間:1時間20分
こんなルートで進んで行きます。

吉原宿の西木戸を抜けて南に向けて進んで行き、西に向かいます。
旧東海道はこんな道。なんの変哲も無い地方の街路です。ただ、やたらと真っ直ぐです。

現在の富士市の中心である富士駅に近づいてきました。
この辺りが間宿本市場。吉原と蒲原の間の非公式宿場です。

ここには鶴芝の碑があります。
ちょうどこの辺りから富士山を見ると中腹に鶴が舞っているような模様が見えたそうです。残念ながら雲に隠れていて見えませんでした。

途中で旧東海道は中央分離帯に阻止されて真っ直ぐ進めず。左か右の信号まで行って迂回です。

真ん中に碑が立っているので、何が書いてあるんだろうと車がいないタイミングで見に行ってみたらそのまんまの碑でした。

本市場の一里塚跡。江戸から三十五里目です。三十六番面は不明だそうです。
単純計算で江戸から140kmも走ってきました。

道端には当時の渡船ルートも案内されています。現代はもちろん橋で越えていきます。

稲荷神社

ちょうどこの辺りでお腹が空いてきたので道路沿いにあったすき家で牛丼。生卵を入れてパワーアップしておきました。
旧東海道は裏道になってるので、補給できる時にしておかないと後で苦しむことになるので、食べられる時に食べておく。
ホントは由比で桜えび食べたかったけど、そこまでは持ちそうに無いので食べちゃいます。
さらに進むと、道標と常夜燈があります。道標には左東海道って書いてあります。
常夜燈は江戸時代の終わり1965年の建立だそうです。

富士川に近づいてきて、前に山が見えてきました。
フォッサマグナ(糸魚川静岡構造線)の西の線の南端です。富士川を境に地形が変わります。
ここは富士川の渡船場跡。

ちょっと錆びた富士川橋で富士川を渡ります。昨日雨が降ってたので、結構水量が多いです。


振り返って見ると、富士山は山頂だけちょっと顔を出してます。だんだん雲が増えてきたような気がします。

富士川を渡って道は標高を上げていきます。現代の幹線道路や鉄道は平地の低いところを通っているんですが、旧東海道は山の上を通ります。つまりキツい。
この辺りは道案内もしっかりしています。

間宿岩淵に来ました。吉原と蒲原の間の間宿は2つ目です。富士川を挟むように2つ間宿が作られていたそうです。

そこにあるのが岩渕の一里塚。江戸から三十七里目です。こちら榎は2代目だそうです。


反対側は明記されてなかったけど、江戸時代からそのままなのかな。

さらに上って東名高速をくぐる。
思ってたよりも坂道がキツいです。

もう少し上って行くと、今度は東名高速を跨いで蒲原宿に向かって一気に下ります。いよいよ静岡市に入りました。
蒲原宿はJR東海道線の新蒲原駅の近く。江戸時代からある蒲原宿の近くにあるのが新蒲原駅で、蒲原宿と由比宿の中間くらいにあるのが蒲原駅ってどうなってるんだろうか。
蒲原宿の一里塚跡です。
江戸時代の大津波で流されてしまったそうです。江戸から三十八番目です。

蒲原宿に入りました。
ここが宿場の入口。道路が枡形になって曲がっていて、角には常夜燈が置かれています。

走っている時には「イルカすまし」って何?って感じでしたが、家に帰ってきてから調べてみるとイルカのヒレを薄くスライスしたもののようです。ゴムのような食感で日本酒と合うらしい。蒲原のソウルフードだそうです。
常温で持って帰るのは無理そうだけど、ちょっと食べてみたかったな。

馬頭観音碑

なまこ壁の家。

本陣跡

今も住まわれているようです。

志田家。今は街の博物館になってます。

いい雰囲気です。

街並みを楽しんでゆっくりと走ったり歩いたりして進みます。
名残惜しいですが、蒲原宿の出口に来ました。

茄子屋の辻と呼ばれていたそうです。

蒲原宿の案内もしっかりしています。こちら側から来る人もいますからね。

蒲原宿は古い史跡が大切にされていて、街道の雰囲気もいいですね。ここはゆっくりと歩いて楽しむのが良さそうです。
東海道五十三次:合計15ヶ所
東海道の距離(ガイド本):146.5km 残り350km
ガーミン距離合計:150.3km(ガーミンは道を間違えたりして遠回りしたりしているので不正確です)
次は由比宿です。桜えびで有名なところです。
距離は5kmちょっとと比較的近いです。