前回は浜名湖のほとりの舞坂宿までやってきました。次は対岸に向かいます。
舞坂宿〜新居宿
5.5km 12:25~13:23 58分。実走行時間:42分
江戸時代は舞坂宿から新居宿までは渡し船。
渡し船は今はありません。その代わりにJR東海道線が走っているので、弁天島駅から新居町駅まで電車に乗ろうかと思ったんですが、一駅だけだし、走って行くことにします。

舞坂宿を出ます。大名が利用した船着場である北雁木の横を進みます。
浜名湖はもともと淡水湖だったんですが、1498年の明応地震に伴う津波で海と繋がったそうです。
その後も大きな地震の度に津波のため、新居の関所が西に移転して渡し船の距離が伸びて、旅人たちからは不評だったそうです。

弁天島への橋から見る赤鳥居。広島の世界遺産みたい。

大河ドラマ「いだてん」ゆかりの田畑家の弁天島別荘跡

弁天島の弁天神社

JR東海道線の弁天島駅

遠くに国道1号線バイパスの浜名大橋が見えます。赤鳥居は左の端になりました。もうすぐ西側の陸地です。
この辺りのコンビニで休憩を入れた時に、レジでバイトしてた高校生がランニングですか?って聞いてきたので、磐田からスタートして愛知県を目指しているって言ったらドン引きしてました。

駅間の長い東海道線で一駅走りました。新居町駅です。


駅を過ぎてすぐ。大通りは左に逸れて行きますが、東海道はまっすぐ進みます。

途中の橋の上にはこんな感じで浮世絵のパネルが展示されています。

ということで、新居の関所跡に到着です。正式名称は今切関所(いまぎれせきしょ)
今は浜名湖が埋め立てられているので、陸地の真ん中にあります。でも、江戸時代には、関所のすぐ近くに舞坂からの渡し船が到着して、関所のこの建物で取り調べがあったそうです。
このため、渡し船は関所が開いている時間帯だけ動いていたそうです。舞坂側からは朝4時くらいから夕方4時くらいまでだったそうです。
この建物は関所が廃止された後も役場や学校として再利用されたため、日本の街道の関所でただ一つの現存する建物だそうです。

高札場

関所の門です。関所の京都側です。この門は無料で通ることができます。

旅籠紀伊國屋。紀州藩御用宿でお七里役所(紀州藩の飛脚の交代場所。七里:28kmおきに置かれた)

本陣の建物



疋田本陣跡。今は空き地。

寄馬跡。宿場には人馬を備えておくことになっていたそうですが、交通量が多くて足りない時は、近在の村から集めていたそうです。その集合場所。

新居の一里塚跡。江戸から六十九里目。

宿場の入り口は防御のため、桝形になって土塁が作られていたそうです。
ここで、宿場に入る前に大名行列の列を整えたそうです。

舞坂から新居までは約5km。距離は短めです。江戸時代は船だったので、途中は広い幹線道路を進んできて、日差しにやられて暑い。5月末の昼間の日差しをなめてました。

もう少し先に進むことにしましょう。
次は白須賀宿。JR東海道線は東海道から離れ、浜名湖沿いを進むので、エスケープが難しくなりますが、体力温存しながら進むことにしましょう。
東海道五十三次:合計31ヶ所
東海道の距離(ガイド本):272.1km 残り223.1km
ガーミン距離合計:272.5km(ガーミンは道を間違えたりして遠回りしたり、時計を止めたまま走ったりしてしまっているので不正確です)